2019年12月25日水曜日

手頃でおいしい│老舗すき焼き店『かのこ』

夏は納涼床も😍鴨川河畔のお店💖すきやき『かのこ』

夜のとばりが下りるころ、
四条木屋町を高瀬川沿いに、100mほど下って行くと、
からこぼれる電球色の灯りに包まれた、
古い和風の建物に目が吸い寄せられる。

それは、贅を尽くしたと言うわけでは無く、
もちろん威圧する風でもない。
ただそこに素直に立つ、その佇まいに惹かれる。


京都の老舗、すきやき『かのこ』

すきやき『かのこ』はこんな店

すきやき『かのこ』の創業は今から95年位前と言うから、
1924大正13年の頃か、今の店の建物はその時のものだそうだ。

ロケーションは最高❗
前に高瀬川、後ろに鴨川、鴨川の向こうには南座そびえ立ち、
おそらく全部個室で(襖で仕切っているので広くもなる)、鴨川側の部屋と、高瀬川・木屋町の灯り楽しめる部屋に分かれる、
夏には床も出る。(鴨川納涼床)

広くは無いお店だが、その設えは昭和に育った”おばちゃりだー”世代には懐かしい。
部屋は、昭和の家の居間そのものである。
肩肘はらずに落ち着ける💖そんなお店。

『かのこ』のすき焼き

『かのこ』のすきやきは関西風、
割り下は使わず、”ざらめ”に”醤油”でがつんと甘辛。
白菜、しいたけ、は入らず、
野菜は、玉ねぎに九条ネギ、春菊のかわりにはみつば、
そして焼き豆腐。

そう、水っぽくならないのです。
おばちゃりだーは大好きです。

すきやき『かのこ』に行ってみた

この日は早々と17時に予約を取り、
ぶらぶら、日が暮れ行く木屋町の風景を楽しみながら、『かのこ』に向かった。

このあたりには、菊乃井『露庵』や『ちもと』、『鳥彌三』にホルモン『千葉』、ホルモン『アジェ』、食堂『おがわ』等々有名店が軒を連ねる界隈である。

この日の予約は17時、時間にぴったりに着いてしまった”おばちゃりだー”。なんだかぴったり過ぎて、ちょっぴり恥ずかしい。開店と同時でもあるしね。




のれんをくぐり、靴を脱ぎ上がると、

少し腰かける所と灰皿が置かれている喫煙所↓が。

仲居さんに案内され2階の部屋へ、
2階に上がると、仲居さんが、襖を閉め、個室を作っていく。

”おばちゃりだー”たちは一番のりで、二階階段近くの鴨川側の部屋へと通された。


ちゃぶだいですよ~、懐かしいですね、
サッシにも昭和の味が出ています。



真ん中に見えるのは鉄鍋です。

メニューは「すき焼き」のみ、
それも1種類。なんだかんだ悩むことがありません😁嬉しい👍

飲み物も悩む必要無いですね、↑ビールを注文し、待ちます。
仲居さんが、卵を持って来てくれました。
卵の下の段には、野菜とお肉が入っています。
この入れ物もOPEN当初からのものだとか、

仲居さんは鉄なべを熱し、ダイレクトに白ザラメをまき、その上に肉をしき、

お醤油を”ジュ―ッ”

『かのこ』のお肉はどこの肉(松坂牛、近江牛等々)とは決まっておらず、
その日のその日で個体識別番号のついたお肉を使っているとのこと。
今日は”宮崎牛”、お醤油は”キッコーマン特選”

1回目のお肉は、割りほぐした卵にダイブさせて口へIN、
うーん、おいしい~💖

次は、野菜とお肉を入れて、ざらめと醤油で味付けて、
ごはんをよそって頂きます。
お米はしゃっきり”近江米”
お櫃木をくりぬいたもので、これもOPEN当初から使われているとか、
これ、ちっちゃくてかわいかった~💖かぼちゃ型なのです。
とても軽くて良い感じ。
お肉はもう大丈夫ですね↑
淡路産の玉ねぎ賀茂とうふ近喜の焼き豆腐はもう少し、
春菊のかわりと言うみつばも食べごろ。

ここで仲居さん一旦退場。

ゆっくり食べられない”おばちゃりだー”
気が付くとお鍋もお櫃も空に・・・
しかしまだ5時半にもなっていない・・・💦

全然急いでいない”おばちゃりだー”ここで、一旦休憩。

そして、頃合いを見て、
もう少しお肉を食べようと、
お肉とごはんをお願いして、またまた仲居さんにジュージューして頂く。
ん~、んまんま💓
お腹はぽんぽこりん。

最後に、水菓子のリンゴとイチゴでさっぱり口直し。


お茶🍵をのみながらゆっくりして、

お会計をお願いして、退出~💖
あっと言う間にたべちゃいました💦へへへ・・・

大満足です。ごちそうさまでした👍

感想

”おばちゃりだー”の大好きな、割り下を使わないタイプのすき焼きです。
仲居さんの卵と卵をコツコツ当ててを割る仕草がとてもチャーミングでした。

白菜を入れなければ水分は出ないですよね。
家で作る時も、白菜はいれないでおこうかな・・・

そしてこれは個人的な意見ですが、”おばちゃりだー”はみつばより春菊派、
しいたけはやはり欲しかった~。
賀茂とうふ近喜の焼き豆腐は、しっかりしたお豆腐ですので、しっかり焼いて温めて食べて下さいね。芯まであたたまるのには少し時間が必要です。

あと胃腸が弱ってきている方は、追加のお肉には、ザラメとしょうゆの味付けは不要かもです。お鍋に残ったタレで焼くくらいがよいかもです。

お会計

すき焼き @4600 X 2→ 9200円
追加のお肉 → 2200円
ビール大瓶 1本 → 800円
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
合計   12,200円

1人あたり @6100円でした!

また、来ます🙏


所在地

『かのこ』
京都市下京区西石垣通四条下ル
075-351-0709
月曜・水曜 定休


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2019年12月22日日曜日

冬至の日の「かぼちゃ供養」│『不思議不動院(ふしぎさん)』

『不思議不動院』の「かぼちゃ供養」に行って来た❗


無料接待の言葉に弱い”おばちゃりだー”、
「焚いたかぼちゃ🎃の接待」があると聞き、
2019年12月22日冬至の日に、左大文字山の麓、金閣寺の西側にある
『不思議不動院(ふしぎさん)』まで「かぼちゃ🎃供養」に行って来た😁
すると数年前までは無料接待だったらしいが、現在は有料接待になっていた~😱


が、”護摩木”もついて、おいしい”かぼちゃ🎃”も頂けて500円とは、お得な感じで、
却って”ラッキー😁”な気持ちになった👌


『不思議堂不動院』と「かぼちゃ🎃供養」


「かぼちゃ供養」

ここ『不思議不動院』では、毎年冬至の日に、参拝者に大釜で焚いた”かぼちゃ”をふるまい、護摩木を焚き、無病息災や家内安全等々を祈願します。
中風除けや、ぼけ封じのご利益もあると言われているそうですよ。

『不思議堂不動院』

正式名称は『大北山大宝寺 不思議不動院』
ガイドブックにはおそらく載っていない、創建が1945昭和20年頃と新しい、真言宗のお寺です。ご住職は初代も今のご住職も女性です。
ご本尊”不動明王さま”にお参りすると、病気が治ったり、願い事がかなったり、不思議なことが起こった事から、『不思議不動院』とストレートなお寺の名前がついたそうです。
私にも不思議な良い事が起こると良いな👅

『不思議不動院』の「かぼちゃ供養」

初代住職が大きさ一尺(約30cm)ほどの [弘法大師像]に「世の中全ての人々が、迷いや苦しみから救われますように」と行をおこない祈願されていました。そして、その満願のお礼に”かぼちゃ🎃”を供え、冬至の日に参拝者に”かぼちゃ🎃”をふるまったのが「かぼちゃ供養」のはじまりです。

そして、[弘法大師像]はいつしか”かぼちゃ🎃大師さま”と呼ばれるようになりましたとさ。


「かぼちゃ供養」行って来た


2019年の冬至の日(12月22日)はじめて『不思議堂不動院j』へ行って来ました。

『不思議堂不動院』への道


『不思議不動院』、実に交通の便がよろしくない。
なぜなら、最寄りの「衣笠氷室町」バス停へは、M1路線への乗換が必要なのだ(バスの1日乗車券は使用可)。それゆえ、市バス「金閣寺道」バス停から歩く人が多いのだが、歩くと15~20分位かかるのです
『金閣寺』からも同じ位。

行き方を簡単に説明しますと、『金閣寺』を壁沿いに西側へぐるーっとまわると、看板が見えてくるので、あとは看板に従いますよ。
この看板が見えたら、次の道を左折です。↑
しばらく進むと、坂道が見えて来ます。
登り坂の手前右側が、『不思議不動院』↓左側は『天龍神大神』があります。

『天龍神大神』の向こう側が駐車場です。

まずは『天龍神大神』へお詣りだ!

なんだか気になる赤い鳥居。池も見えます。
意味はありませんが、まずは、『天龍神大神』へお詣りをば。


こちらの池は底なし池と言われるそうですが、
見る限りは深くは見えませんでした・・・
赤と黒の鯉さんがいらっしゃいましたよ、
では、”かぼちゃ供養”へレッツGO~❗

『不思議堂不動院』「かぼちゃ供養の日」の境内へ

『天龍神大神』の道を挟んで向かい側に『不思議堂不動院』があります。

入口右側が「本堂」ですが、↑には写っていません💦
「本堂」へは自由に上がる事ができます。
「本堂」へお参りをして、

「かぼちゃ」を頂く

入口を奥へと進むと右側に「かぼちゃ供養」の受付があります。
500円を納めて、護摩木とかぼちゃの引換札をいただきます。

護摩木にお願い事を書き、納めます。
本当は「宝くじが当たりますように」と、書きたかったけれど・・・
恥ずかしくて書けなかった・・・
本日の目的である、”かぼちゃ🎃”を頂きます。
お兄さんに引換札を渡すと、”かぼちゃ🎃”のお膳を持って、テントの中へ案内してくれました。

中風とぼけは防ぎたいですからね、ありがたく頂きますよ、
”かぼちゃ🎃”は薄味で量は多め、
たくあんと山椒昆布が付いていましたので、味変させながらおいしく頂きました。
ごはんがあれば昼定食になったな~と思いながら頂きましたよ。

「護摩供養」

かぼちゃを頂いている時に「護摩焚」がはじまる旨アナウンス(呼びかけ)が、ありました。
かぼちゃを食べ終わり、急いで一番奥の「清修院行者堂」へ、
靴を脱ぎ上がると、すでに始まっていました。
もうもうしてます。
一緒に手を合わせて、
ご住職が一人一人にお加持を下さいます。
ご住職にさすさすして頂き、本当にありがたい気持ちになりました。
法螺貝が護摩供が終わり、ご住職が「とても良い火が上がりました。護摩木も形が美しくそのまま残っています。云々」とお話をして下さいました。
一年の終わりに、悪い物を落としていただき、
何だか良い事がありそうな、
そんな気持ちで、お堂を後にし、
足取り軽く、帰路につきました~

「護摩供養」は1時間毎くらいに行われると言う事でした。
いかれたら是非参加してみて下さい。


所在地・アクセス

所在地

不思議不動院
京都市北区衣笠赤阪町1-138
075-462-6628

アクセス


市バス「金閣寺道」徒歩約20分。
市バス「衣笠氷室町」下車すぐ
※「衣笠氷室町」へは乗り換えが必要です。「わら天神前」でM1号系統「原谷行き」に乗り換えます。1日乗車券の範囲内です。


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2019年12月16日月曜日

忠臣蔵 大石内蔵助ゆかりの地 │『岩屋寺・いわやじ』


『岩屋寺・いわやじ(通称:大石寺)』

『大石神社』と『山科神社』の間にある尼寺です。
『大石神社』のご朱印場の横から『岩屋寺』へと山道がのびており近道です。

『岩屋寺』は”忠臣蔵”ゆかりの尼寺

『岩屋寺』と忠臣蔵

『岩屋寺』は【大石内蔵助】が、討入までの1年4カ月の間、隠棲していたことから
ゆかりが深く、12月14日の『山科義士祭り』では、【大石内蔵助】他数名が行列を代表し、本懐を遂げた報告、参拝に立ち寄ります

その為もあり『岩屋寺』には四十七士ゆかりの物が残されています。

・【大石内蔵助】の持念仏と伝わる木像立像の[秘仏 不動明王像(ご本尊)]
・四十七士の[位牌]
・【大石内蔵助】の[肖像画や手紙]、討ち入りの時に着た[鎖襦袢]
・【大石内蔵助】お手植えの”梅の木”
・【大石内蔵助】の家の古材で建てられた[茶室・可笑庵]  
「可笑庵」と手前の木が「お手植えの梅の木」



12月14日 山科義士祭り

「山科義士まつり」では『毘沙門堂』から『大石神社』まで行列が練り歩きますが、その途中『岩屋寺』へは【大石内蔵助】他数名が行列を代表し、本懐を遂げた報告の為、参拝に立ち寄ります

12月14日の境内の様子

🌟12月14日~1月28日まで[秘仏 不動明王像]が公開されます。
🌟”忠臣蔵”の講談が行われていました。

🌟”甘酒接待(無料)”が行われていました。
湯飲みにたっぷりの甘酒を頂きました。



これは、もう絶対にいただくべし
なぜって、美味しいから💛

そして、”おばちゃりだー”のはじめておいしいと思った”甘酒”だから。

昨今”甘酒”が、スーパーフードとしてもてはやされており、
もちろんミーハーな”おばちゃりだー”も乗っかっていますが、
それでも今も、昔も、おばちゃりだーは”甘酒”を「おいしい」と思った事が無かったのです

が、『岩屋寺』の”甘酒”は「美味しかった~」

それは、大鍋で焚かれた、
涙が出るほど甘く、
皮ごとすり下ろされれた(おそらく)生姜は、隠し味などでは無く、
がっつりパンチを効かせた、
キョーレツな甘酒でした

理屈ではなくおいしかったです。(あくまで個人的な感想です)

🌟”討入そば”なるものの屋台も


「討入そば 300円」は何が”討入”かわからないまま、なくなってしまいました。

ひとこと

『岩屋寺』の本堂は階段を上がった所にあり、
ふりむくと山科の街並みがゆるやかに広がっていました。

境内はしっとりとして、12月の14日だと言うのに、木にはもみじの葉がのこり、散ったもみじの赤とイチョウの黄色が描く境内は美しかったです。

『大石神社』『岩屋寺』『山科神社』と横1列に並んでいますので、
お参りに行かれる時は、併せてお参りされるのが良いかと思います。


基本情報


正式名称:神遊山金地院(しんゆうざんこんちいん)岩屋寺(いわやじ)
ご本尊:不動明王立像
曹洞宗 永平寺派
近畿36不動尊24番霊場

山科区西野山桜ノ馬場町96
075-581-4052
9:00~17:00

京阪バス「大石神社」徒歩約8分
※『大石神社』境内、御朱印場の左側から山道を行くと『岩谷寺』へと続く。


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2019年12月12日木曜日

12月は『忠臣蔵』│ 京都にある『忠臣蔵』ー 山科編

『忠臣蔵』ゆかりの地を巡る

12月になるとよく聞く『忠臣蔵』ってどんな話



実は『忠臣蔵』って「歌舞伎」や「浄瑠璃」の題名(演目名)です

Wikipediaより↓
人形浄瑠璃(文楽)および歌舞伎の演目のひとつで、1748年に大阪で初演された『仮名手本忠臣蔵』の通称。また歌舞伎や演劇・映画の分野で、江戸時代元禄期に起きた赤穂事件を基にした創作作品。
なお、脚色された創作であるため、史実としての赤穂事件とは異なる部分もある(赤穂事件参照)。        

今では『忠臣蔵』って言うと、『赤穂事件』を元にしたドラマや映画の総称のようですね。

では『忠臣蔵』の題材になった『赤穂事件』って


■ざっくり言うと、武士の美学。主君の仇討ちを成し遂げた忠臣四十七士のお話。

『赤穂事件』とは、五代将軍徳川綱吉の時の元禄14年1701年4月(旧暦3月)、江戸城松之大廊下で播磨赤穂藩藩主 【浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)】が、高家の【吉良上野介(きらこうずけのすけ)】に切りかかり切腹、1年9カ月後の12月14日、家臣の大石内蔵助以下47人が、東京の本所にある吉良邸に討ち入り、吉良の首を獲り主君の仇を討った後ち切腹となった一連の事件の事を言います。

■殿中刃傷沙汰を起こした主君【浅野内匠頭】は切腹、藩は取り潰し

当時、殿中(江戸城内)での刃傷はご法度。理由の如何を問わず死罪。よほどの理由だったでしょうね。遺恨だとは言われていますが、未だ詳細は不明なのだそうです。

もちろん【浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)】は、その日の内に”切腹”となります。
”打ち首”ではなく”切腹”であった事に対し礼を述べた上で切腹したと言われています。

一方切りつけられた【吉良上野介】は、刀を抜かなかったので喧嘩とは見なされず無罪。

浅野内匠頭のお葬式は、幕府からの許可を得て、東京の『泉岳寺』で行われました。
が、赤穂藩(兵庫県)は「取潰し」、城は「明け渡し」、正室阿久里は剃髪します。


■赤穂藩の取り潰し後

筆頭家老【大石内蔵助は【浅野大学(内匠頭の弟で養子】によるお家再興を嘆願し、家臣には、赤穂藩に残った財産を分配。
そして、親戚の【進藤源四郎】を頼り、現在の京都山科へ、その他者は、大阪、伏見、京都等々へと散らばります
京都に”ゆかりの地”が多いのはこのあたりの事情からでしょう。

■仇、吉良邸討ち入り

そして、1年9カ月後の旧暦元禄15年12月14日(1703年1月30日)。
赤穂浪士四十七士は表門隊と大裏門隊に分かれ吉良邸に侵入、見事仇を討ち果たします。
討ち入りは、わずか二時間程度の出来事で、吉良側は死者15名、負傷者2名人、赤穂浪士側は、死者0、負傷者2名だったとか。
吉良を討った赤穂浪士は、『泉岳寺』へ行き、墓前に【吉良上野介】の首を供えました。

■吉良邸討ち入りその後

赤穂浪士47名は忠義の士と称えられるも、46名が切腹。
1名は、討入後、泉岳寺までに姿を消しています。密命によるとか、逃亡したとか諸説あるようです。

山科にある『忠臣蔵』ゆかりの地


討入までの1年4カ月、短い間ではありましたが、【大内内蔵助】は京都山科に居り、何度も京都で会合を持っています。その為京都には、赤穂義士ゆかりの地がたくさんあるのです。


12月14日『山科義士祭り』の行われる、ゆかりの地


【大石内蔵助】が討ち入りまでの間、隠棲していた山科では、毎年、12月14日”討ち入りの日”に『山科義士まつり』が行われます。
この日は、義士隊の行列が『毘沙門堂』から『大石神社』までを練り歩き、また、「子ども義士隊」、忠臣蔵の「芝居」「踊り」も行われます。

10:00 『毘沙門堂』出発
11:45~12:35頃 『東部文化会館』子ども義士隊の「連判状改め」等
14:05 『岩屋寺』にて無事に本懐を遂げたことを参拝報告
14:30 『大石神社』にて「大石音頭、元禄花見踊り」が披露される。

山科義士まつり実行委員会 
075-592-3088
http://www.gishimatsuri.com/index.html

■『瑞光院・ずいこういん』

『瑞光院』境内には、には【浅野内匠頭】の”お墓”や、「義士一人一人の遺髪塔」があります。

12月14日 『山科義士祭り』の日、【大石内蔵助】等は『来迎院』で墓詣り後、『毘沙門堂』を出発した義士列とここで合流し、出発します。
通常非公開の寺ですが、この日は開門していますよ。

行列合流直前



そしてこちらのお寺、もとは大徳寺の塔頭で、堀川北大路近くにありましたが、昭和37年に現在地へ移転しました。
元の場所(堀川北大路あたり)には、こんな碑が~↓

基本情報

紫雲山 瑞光院 
臨済宗大徳寺派

京都市山科区安朱堂ノ後町19-2
JR「山科駅」、地下鉄「山科駅」、京阪「山科駅」徒歩約15分

■『毘沙門堂 門跡』

12月14日『山科義士まつり』の出発地点である。
山科の名刹であり、天台宗五箇室門跡の一つ。

【5代将軍 徳川綱吉】は赤穂浪士の処分を『毘沙門堂』の【公辧法親王(こうべんほっしんのう)】に相談「本懐を遂げた浪士を生き永らえさせて世俗の塵に汚すよりも、切腹させることによって尽忠の志を後世に残すべきである(Wikipediaより引用)」との言葉に心を決めたと伝わる。












基本情報


正式名称:護法山 出雲寺
ご本尊:毘沙門天
天台宗五箇室門跡

京都市山科区安朱稲荷山町18
075-581-0328
 http://bishamon.or.jp/
JR「山科駅」、地下鉄「山科駅」、京阪「山科駅」徒歩約20分

■『岩屋寺・いわやじ(通称:大石寺)』


『山科義士祭り』で行列が本懐を遂げた報告、参拝に立ち寄るお寺。

『大石神社』のすぐお隣の尼寺。このあたりに【大石内蔵助】は討入までの1年4カ月間、隠棲していた所です。その為もあり『岩屋寺』には四十七士ゆかりの物も多く残されています。

また、12月14日の『義士祭』には甘酒の無料接待(しょうがが効いててうまうまです)が行われ、
12月14日から1月28日まで[秘仏 不動明王像]が公開されます。




【浅野内匠頭】と四十七士の[位牌]
【大石内蔵助】の持念仏と伝わる木像立像の[秘仏 不動明王像(ご本尊)]
【大石内蔵助】の[肖像画や手紙]、討ち入りの時に着た[鎖襦袢]
【大石内蔵助】お手植えの”梅の木”
【大石内蔵助】の家の古材で建てられた[茶室・可笑庵]
等があります。
「可笑庵」と手前左の木が「お手植えの梅の木」



基本情報


正式名称:神遊山金地院(しんゆうざんこんちいん)岩屋寺(いわやじ)
ご本尊:不動明王立像
曹洞宗 永平寺派
近畿36不動尊24番霊場

山科区西野山桜ノ馬場町96
075-581-4052
9:00~17:00

京阪バス「大石神社」徒歩約8分



■『大石神社』

12月14日『山科義士まつり』の行列が2時半頃到着する場所です。
「大石音頭や元禄花見踊り」も披露されます。

『大石神社』は、昭和10年に【大石内蔵助】をご祭神として隠棲の地に創建された神社で、ご神木の枝垂れ桜「大石桜」はこの地に生えていた桜で、春はこの桜のもとで『桜祭り』が行われます。

映画やドラマで【大石内蔵助】を演じた俳優達の写真が宝物館に飾られていました。





基本情報


大石神社
祭神:大石内蔵助
ご神徳:大願成就


山科区西野山桜馬場116
075-581-5645
http://www.ooishijinja.com/
拝観時間:9:00~16:00
宝物館拝観料:200円(境内自由)

京阪バス「大石神社」徒歩約2分



『山科義士祭り』は行われないけれど、ゆかりの地



『花山稲荷神社・かざんいなりじんじゃ』

約1100年前に【醍醐天皇】が創建された古社で、【大石内蔵助】が仇討ちの祈願を行った神社として知られています。
【大石内蔵助】が断食をして沈思黙考したという「断食石」の一部や、
本殿の後ろに立て掛けられている「寄進の鳥居」、
そして、「血判石」を見る事ができます。
また、最近では改修工事の際に見つかった棟札【大石内蔵助】の名前が確認されています。

三条小鍛冶宗近の旧跡」であり刀鍛冶からの信仰もあつく、「ふいご祭」と言う11月の「火焚祭」でも知られます。






所在地・アクセス


花山稲荷神社
御祭神:宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)、神大市比売大神(かむおおいちひめのおおかみ)、大土御祖大神(おおつちのみおやのおおかみ)

京都市山科区西野山欠ノ上町65番地
 075-581-0329
http://kwazan-inari.jp/

京阪バス「花山稲荷」徒歩約5分
東西線「椥辻駅」約15~20分


■『極楽寺』

【大石内蔵助】が主君【浅野内匠頭】の位牌を納めたお寺。
境内の五輪塔は遺髪塚と伝えられ、義士の鎖帷子や硯などの遺品も残るお寺と言われます。義士祭の12月14日に訪れた時は門は開いておりましたが、案内等はありませんでした。小さな静かなお寺です。





基本情報


蔡華山 極楽寺
浄土宗
ご本尊:阿弥陀如来
京都市山科区西野山桜ノ馬場町135
 075-581-5347

京阪バス「大石神社」徒歩約5分


2019年12月9日月曜日

12月9・10日は鳴滝の”大根(だいこ)焚き” │ 『法輪山 了徳寺・りょうとくじ』

通称『大根焚寺』と言われる鳴滝(なるたき)『了徳寺』の”大根焚き”💖


12月7・8日に行われる『千本釈迦堂』”大根焚き”が終わると、
次の日からは、鳴滝『大根焚寺(了徳寺)』報恩講” 大根焚き”が行われます😅



「中風除け」のご利益を求めて多くの方々が参拝されます❗

『大根焚寺(了徳寺)』の”大根焚き”って

📗 『千本釈迦堂』の”大根焚き”と同じようなもの?


『千本釈迦堂』の”大根焚き”と同じかって?ん~、「違います!」
”大根焚きをいただく””ご利益がある”ってところは同じですが、
「違います!」

『千本釈迦堂』の”大根焚き”は「【お釈迦様】が悟りを開いた日に行われる、痛風除け・諸病除け・健康増進等を祈願する大根焚き。」です。
それに対して『了徳寺』の”大根焚き”は、


📗 毎年12月9・10日に行われる


この日は、『了徳寺』の報恩講(【親鸞聖人】の祥月命日の頃に行われる法要)の日にあたります。

📗 由来は?


1254建長4、【親鸞聖人】は【法然上人】の遺跡を尋ね、愛宕山中の『月輪寺』へ行かれ、その帰りに鳴滝でお念仏の教えを説かれた時の事。

教えに感銘を受けた村人たちは、そのお礼にと「塩味の大根焚き」を焚いてもてなしました。【親鸞聖人】はたいそう喜ばれ、”すすきの穂の束”と鍋の残り”煤”で「十字名号(帰命尽十方無碍光如来・きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」を書き残されました。

この事から、毎年、12月9日と10日の報恩講「大根焚」が行われるようになりました。

📗 ご利益は


いつのころからか、「”大根焚き”を食べると中風にならない」と言われます。

(wikiより抜粋:中風とは・・・脳血管障害(脳卒中)の後遺症偏風)である半身不随、片麻痺、言語障害、手足の痺れや麻痺などを指す言葉として用いられている。中気、卒中また俗に「よいよい」ともいう。



『了徳寺』の”大根焚き”に行ってみた



📗 『了徳寺』へ


『了徳寺』へ行く道は狭いですぅ~。
『了徳寺』の入り口はこんな感じ。


📗 ”大根焚き”をいただく



入ると、正面が本堂、
左手で”大根焚き”の券が売られています。
 

”ご朱印”は売り場の一番右側ですよ~
”大根焚き”の券を購入したら本堂に上がります。

正面がご本尊の[阿弥陀如来像]
(【聖徳太子】が桂の木を彫って造り、応仁の乱後、安置されたと伝わる)

右側が【湛慶・たんけい】作[親鸞聖人坐像]、
左側は「十字名号(帰命尽十方無碍光如来・きみょうじんじっぽうむげこうにょらい)」です。

お参りをすませたら、

低い長机がいくつも置かれていますので、
空いている席に着き、券を机の上に置きます。↓券は真ん中の小さいものです。

すると、”大根焚き”と交換してくれます。


大根は甘くありません。
対してお揚げさんは甘くとてもバランスがよく、おいしかったです。



📗 境内の様子


”大根焚き”を頂いて、裏庭から出ました。
ぐるっと表にまわると、

青首大根が置かれていたり

切られたものが水に浸かっていたり




大鍋でぐつぐつ焚かれていたり~

因みに、これらの大根は、
京都府亀岡市篠町から、前日早朝に掘り出されるそうです。
毎年焚かれる大根は、3,000本だそうです。

本堂の前には[親鸞聖人像]

本堂の左横には[すすき塚]


小さなお寺ですが、たくさんの人がお参りに来ていました。
お参りにいった時はちょうど法要の最中で、法要後、法話も聴かせていただきありがたい気持ちでお寺をあとにしました~


”大根焚”の行われる『了徳寺』って

📗こんなお寺


正式名称法輪山 了徳寺

「真宗大谷派」のお寺。通称「大根焚寺」。

創建は、1252建長4、開基は【正西法師】

御本尊は、阿弥陀如来。
(【聖徳太子】が桂の木を彫って造り、応仁の乱後、安置されたと伝わる)

また、【湛慶・たんけい】作[親鸞聖人坐像]がご本尊隣に、

境内の外には[親鸞聖人像]もあります。


参拝とアクセス

📗 所在地

法輪山 了徳寺
京都市右京区鳴滝本町83
075-463-0714

📗 交通案内

市バス「鳴滝本町」徒歩約5分
嵐電「宇多野」駅徒歩約10分

※駐車場有:無料(バス6台、乗用車25台)


📗 近隣観光名所

バスもしくは嵐電で、世界遺産『仁和寺』『龍安寺』『金閣寺』へアクセス可能。近いです。嵐電の場合、『金閣寺』のみ駅から少し歩きます15分位?


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